とにかく元気を出すことだよ

レールから外れた人へ

愚かな勝ち組と哀れな負け組。資本主義の延長線上には幸せはない

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「社会を変える」を仕事にする―社会起業家という生き方
を読んでいて、ハッとする一説に出会いました。

 

それは、学生ベンチャーをやっていた頃の、駒崎弘樹さんが自問自答している一説です。 

儲けることはもちろん悪ではない。資本主義も、現状の世界では最もましなシステムだ。でも、たとえば資本主義がカジノのルーレットのようなボードゲームで、それにみんなが参加しているのだとしたら、そのゲームを支えるボードが必要なはずだ。

オセロ村のはずれの地域を覚えているだろ? メキシコ人たちがバラックのようなものを建てていたが、そこにはコンビニもスーパーマーケットもなかった。店を出すと頻繁にものが盗まれるし、まともな従業員を雇えないからだ、とホストファザーは言っていた。商売が成り立たなかったら、その地域はずっと貧しいままだった。

つまりテーブルは、たとえば外を安全に歩けるということであり、みんなが学校に行くことができ、文字が読めて、働く意欲があるということであり、病気になったら病院に行けることであり、年をとっても孤独ではないということなのだ。

資本主義は経済活動だけでは成立しない。その下にしっかりと機能する社会があって、資本主義が成立し、社会のほうにもその潤いが還元される。だとしたら、資本主義が回るためにも、社会がいいものであるように、誰かがそこに関与すべきじゃないのか

 

この自問自答の先に駒沢弘樹さんは『社会起業』を見つけます。

しかし、今回の本題はそこではありません。

今回の記事は、資本主義と幸福についてのアレコレです。

 

幸せ=足るを知ること

ぼくは最近、「幸せってなんだろう?」
というポエムな疑問に答えるべく、日々頭をひねっていました。
(一年の大半はポエムな疑問に答えることに使っています(笑))

 

ぼくはしあわせでした。そして、しあわせすぎました。

 

そうして、ぼくが幸せについて出した結論はこれです。

幸せ=足るを知ること、です。

 

ぼくが、
幸せであることに気がつけば、幸せです。

一方、幸せに気づけなければ、不幸です。

 

つまり、幸せに最も影響してくるのは、主観(自分)だと決めました。

ぼくが幸せだと思うなら、誰になんと言われようとも、幸せなのです。

 

資本主義は不幸を増やす仕組み

そのように幸せを定義した上で、資本主義をとらえると、
資本主義は不幸を増やしてしまう性質があることに気がつきます。

 

資本主義の原動力は、人間の欲望です。

ぼくらの欲に応えるため、
日々新しい商品が生まれ、サービスが提供されます。

そして、商品やサービスを売るために、日々繰り返されているのが、広告です。

 

広告の主要な役割は、消費を促進することです。

そのため、ぼくらに
「足りていない」「消費しろ」「あなたにはこれが必要だ」
といったメッセージを発し続けています。

 

しかし、購入したあとに冷静に考えてみると、
買わなくてよかったと思った経験はないでしょうか。

家中に使っていないものが溢れていないでしょうか。
(我が家には読みもしない積読本が山ほどあります(笑))

 

広告が生み出す、不足しているという感覚は、不幸せの実感につながります。

広告は、そもそも存在しなかった悩みを、助長するものでもあります。

 

  • 一人暮らしすれば、一人前
  • マイホームをがあれば、幸せになれる
  • 結婚できなきゃ、負け組だ

などなど
 

本当にそうでしょうか?

 

一人暮らしのためには、一式すべての家電や家具が必要で、消費が促進されます。

マイホームは住宅ローンを促して、過度のリスクテイクや、ローン返済のための労働を強いるものです。

結婚すれば子どもが生まれ、また新たな消費が生まれます。

 

すべて企業(資本主義)の都合ではないでしょうか。

 

資本主義は物質的に社会を豊かにしましたが、精神的に不幸せを実感する機会を増やしました。

 

このような前提で、世界幸福度ランキングをみてみましょう。

 

世界幸福度ランキングからわかる幸せの本質とは?

2016年の世界幸福度ランキングで、日本は28位だそうです。

カッコ内の数字は純粋幸福度(「幸福を感じている人の比率」-「不幸を感じている人の比率」)です。調査対象国は68カ国で、純粋幸福度の平均値は56。
先進7カ国(G7)のランキングはこんな感じです。

23位 カナダ(60)
28位 日本(52)
42位 アメリカ(43)
47位 ドイツ(40)
54位 イギリス(37)
57位 フランス(33)
57位 イタリア(33)

最新版「世界幸福度ランキング2016」の結果発表! G7の幸福度が壊滅する中、幸福度1位に輝いたのは? | 永崎裕麻

 

日本だけではなく、先進7カ国であるはずの
カナダ、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランス、イタリア
はカナダを除き、純粋幸福度が平均以下という惨憺たる結果です。

 

先進国に暮らす人々は、途上国に暮らす人々と比べて、物質的には豊かなはずです。

しかし、この結果から、物質的な豊かさが必ずしも幸せではないことがわかります。

 

また、同記事から、

幸福度トップ5(コロンビア、フィジー、サウジアラビア、アゼルバイジャン、ベトナム)の低所得者の純粋幸福度平均は76です。この数値は高所得者の純粋幸福度(世界平均)70を上回る値です。
つまり、低所得者であっても十分に幸せを感じることはできるのです。

低所得であっても、幸せな人は幸せであることがわかります。

 

この事実が示唆しているのは、資本主義社会の延長線上に幸せはない、ということです。

つまり、自分の人生の目的を、自分で決めておかなければ、不幸せな未来を生きていても、仕方がないということです。

 

資本主義は個人の幸福を最大化する装置ではないのです。

 

幸せになるためには、資本主義の仕組みを理解したうえで、自分の幸せを探求する他ありません。

 

誰も幸せにしない勝ち組・負け組という風潮

ここで、冒頭の駒沢弘樹さんのことばに戻ります。

資本主義は経済活動だけでは成立しない。その下にしっかりと機能する社会があって、資本主義が成立し、社会のほうにもその潤いが還元される。だとしたら、資本主義が回るためにも、社会がいいものであるように、誰かがそこに関与すべきじゃないのか

 

昨今、日本社会はいきすぎた資本主義社会になってしまってはいないでしょうか。

 

クリスマスの宅配業者の悲鳴や、金儲け主義に陥ったDeNAの失態、
過剰な労働で命まで奪った電通、自分の都合だけ考える消費者・・・。

 

そもそもほとんどの人は、
資本主義社会を発展させるために生きているわけではないでしょう。

ほとんどの人は幸せになるために生きているのではないでしょうか。

 

いきすぎた資本主義社会の先には、勝ち組と負け組をわける風潮が生まれます。

しかし、この風潮も百害あって一利なしです。

 

(ぼくも)
これまで勝ち組から学ぶことが大切だという趣旨で、複数の記事を書いてきました。

しかし、駒沢弘樹さんの本を読んで、
勝ち組がエラく、負け組はバカという単純な言説には
大きな欠陥があることにようやく気がついた次第です。

 

ぼくらの社会が発想を変えるだけですぐ幸せが実感できるようなポテンシャルがあるのは、経済活動を支える安全安心な社会基盤があるからです。

 

その社会を支えているのは、資本家の存在(だけ)ではありません。

 

クリスマスにもピザや荷物を宅配してくれたり、
休日にもレストランで料理をつくってくれたり、
親の介護を代わりにやってくれたり、子どもを預かってくれたり。

 

自分ができないことを肩代わりしてくれる『誰か』が社会の豊かさを担保しています。

 

その誰かは確かに資本家がつくったシステムのうえで、
低賃金の労働力を提供するだけの歯車かもしれません。

 

しかし、資本家のシステムを支えているのは、明らかに『誰か』の存在あってこそでしょう。

 

まとめ

(あなたの)人生の目的はなんですか?

それが幸せになることなら、資本主義の先にはないようです。

(今のところ)何もかも過剰な日本では、
『足りるまで捨てる』のが、幸せへの第一歩かもしれません。