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ぼくが忘れていた 『楽しむ』 ということについて ~高城剛著 『黒本』を読んで

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高城剛さんの『黒本』がおもしろいです。

この本は、高城剛さんのメルマガのQ&Aコーナーの再編集版ですが、おもしろいやりとりがあったので紹介します。

 

リア充青年の悩み

客観的にとても充実した人生を送っている青年から、「これでいいのかと悩んでいる」という質問がありました。

それに対する高城剛さんの回答がとてもうなづけるものでした。

抜粋したので、読んでみてください。

 

大学も出て、言語学にもご興味があって、オーストラリアに留学なさって、(中略)夢は映画か音楽で最高の世界を作りたい、という方からメールが来た(中略)「でも悩んでいるんだよ」と話したら、「素晴らしい日々に?」と言って笑っていました。

僕もそう思います。人生は楽しむものです。しかし、多くの日本の20代の方にお会いすると「人生の楽しみ方」を知りません。それは、「楽しむこと」を周りの大人が教えてくれなかったのと(遊び場でさえも封建的だと思います)、今の日本の社会が「楽しむことはあまり良くないこと」と、どこかで決めつけているからです。

楽しまずに、寡黙に言われた通りにやって、自分の発言をせずに、社会に迎合しなさい、と言われた結果が現在の日本で、シャープ、ソニー、パナソニックの一年間の赤字合計1兆7000億円です。(中略)

今は未来の日本を担う若者の楽しみを抑圧する「日本式システム」とは、どんなことがあっても距離をとるべきです。(中略)「日本式システム」に迎合し、お金を稼ぐと失うモノが大きいと僕は思います。(中略)

自分の予算にあった場所に引っ越すべきです。(中略)そこで「自分の人生は自分で楽しむものなんだ」と自己と徹底的に話すべきです。

 

高城剛のいう日本式システムとは?

黒本の中で、高城剛さんは再三「日本式システム」について言及しています。

 

「日本式儒教」は、(中略)徳川幕府によって封建支配のための思想として採用されました。その後、明治の「教育勅語」を経て今日まで連なる官僚支配の根底にながれる思想になります。

そこでは、本来の儒教になかった、年長者や先輩は権力者であるという絶対的価値観を与えられ、これを小学校から教育とは別の「社会の仕組み」(=日本式システム)として叩き込まれました。

つまるところ、日本の儒教は「目上の権力者が築いたフレームを壊すな」という教えなのです。

 

昨年の電通過労自殺で命を失った高橋まつりさんも日本式システムの犠牲者のひとりです。

 

日本人はよりよい被支配者になるべく教育されて、
「自分の人生を楽しむ」という
ごくごく当たり前のことにさえ罪悪感を植え付けられています。

 

ぼくもそうです。

人生を楽しむという発想がそもそも脳みそにセットされていません。

 

会社をやめたことで変わったこと、まだ変わらないこと

ぼくは会社をやめて、バイトしたり、イベントを企画したりする中で、お金に対する考え方がずいぶん変わりました。

たとえば貯金が30万円あれば、とりあえず3か月、仕事しなくても生きていける、と考えるようになりました。

これはサラリーマン時代のぼくからするとあり得ない発想で、仕事をやめることに言いようのない不安を感じていたあの頃の自分が嘘みたいです。

 

しかし、楽しむという発想はあいかわらず抜け落ちていました。

 

人生を楽しむ姿勢が仕事づくりに役立つ?

ぼくは黒本を読んで、人生を楽しめる人のほうが仕事づくりに向いていると直感しました。

あなたは何にお金を払っていますか?

 

「頭のいい」人たちは、マーケットを調査したり、ニーズはどう、経営資源はどうと頭をひねり続けます。

 

お客さんは何を楽しむのか?

なにより自分自身、楽しく仕事できるのか?

 

そんな肝心のところを忘れていました。いえ。そもそも発想から抜け落ちていました。

 

会社をやめたあとにはじめてつくった名刺

ぼくは会社をやめたあと、新しく名刺をつくりました。

 

そこには、 
自分の人生を、楽しんで、自分の責任で生きる
とかいていました。

 

会社をやめたばかりのぼくのほうが、「楽しむ」ことの大切さを知っていたようです(笑)。

 

その悩みはなんのため?

その競争はなんのため?

その努力はなんのため?

 

廉価版で満たされたこの世界では、そもそもの疑問と向き合っていかないと、新しい商売が生まれない時代なのかもしれません。