とにかく元気を出すことだよ

レールから外れた人へ

不思議な『生き死に』について。幸せのかたちは自分で決めたい。

  

最近、なぜか身近な人たちと「生き死に」の話をよくしています。

 

岩田聡さんや、近藤喜文さんのように、
未来を嘱望されながらも、若くして亡くなる方がいる一方、
糸井重里さんや、宮崎駿さんみたいに、
極めて多忙にも関わらず、精力的に働き続けている方もいます。

 

人生って不思議だ。

と一言で済ませてしまってはいけないのかもしれませんが、
しみじみそう思ってしまいます。

  

今月から病院の介護職として働きはじめたことも、
「生き死に」について考えるきっかけになっています。

 

もっと長生きしてね!に対するおばあさんの返事

90歳を超えたおばあさんたちは、
ワーカーの「もっと長生きしてね!」ということばに、

「もう充分だよ!」

と、答えます。

 

そのことばには、
これ以上長生きさせて、痛い想いや、辛い想いをしろというのか?
という本音の部分がたくさん入っているように感じました。

 

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(一方、元気なおばあさんも。笑 出典:西本喜美子著『ひとりじゃなかよ』)

 

ぼくも祖父母に「あと100年生きてね」と、軽はずみに言ってしまうことがあります。

 

しかし、長く生きることは本当に大変なんでしょう。

なにせ、身体も痛く、自由も効かなくなり、
大切な友だちを、次々と見送らなければいけません。

 

そのリアルな痛み、辛さはぼくにはわかりません。

想像することも、まだまだ難しいです。

 

一度きりの人生をどう生きよう?

しばしば「人生は一度きり」だと言われます。

 

一度きりの人生がいいものかどうだったかは、(まだまだ介護歴は浅いですが)その人の表情でなんとなくわかる気がします。

 

  • お金があればいいのか?
  • イケメン・美女と結婚できればいいのか?
  • 大きな家に住めればいいのか?
  • 社会に認められる功績があればいいのか?

 

介護することで、多くの人生の大先輩と触れ合うことで、
人生における欲望が相対化されていく

のを感じます。

 

人生に何を求めるのか。何を求めないのか。

ぼくがこれから何をするにしても、幸せのかたちは自分で決めようと思います。